それでもあきらめるな どん底人生

これからの人生を最高にしていくために

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言葉に魂を宿す方法

会社が厳しい時は、口数が少なくなっていました。

色々言いたいことは山ほどありました。

『私はそう思わない』『こうすべきだ』
『これだけはやりたくない』『これだけは我慢できない』

心の声を飲み込むことが多かった

山ほど言いたい事があるくせに、

『今は何をいっても言い訳になってしまう』
『今は、我慢しよう、堪えよう』

そうやって、黙り込んでいました。

黙っていると、相手は、こちらが何考えてるか
解らないと思い始め、やたらと、うなずくタイミングや、
はい、いいえの返事のタイミングばかりを
考えるようになりました。

それでも、たまに、我慢できずに言い返したこともありましたが、
当時の私には、自分でどうこう出来る力は残っておらず、
『じゃーどうするんですか』の一言に、
また、黙り込んでしまうしかありませんでした。

そんな毎日を繰り返していると、かつて調子のいい時の自分は、
いかに早計に、頭に浮かんだ事を、十分な吟味もせずに、
いとも簡単に口にしていたことに気付きました。

いったん口にしてしまったことは、
自分で責任を持たなくてはならないので
次第に行動が変わってきて、
そして当然ながら、結果も変わってきました。

責任を取らなくてよかったとしても、
自分で言ったことは、真っ先に
自分の耳を通じて、自分に戻ってきます。

すると次第に、自分の思考自体が変わることがあります。

『こないだあんな事言ったよなあ』『あれが本来の私なんだろうか』
『言った事はやらない訳にはいかないよなあ』『嘘つきにはなりたかない』

他ならぬ自分自身が誰よりも自分に影響を与える存在な事に気付かされます。

そうやって考えていると、自分が何を言うかが、
いかに大切であるのかという事が今更ながら思い知らされました。

黙って何も言わないのもダメ、しかし、十分に考えもせず
軽はずみに発言するのも両方とも駄目なんです。

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自分の想いをきちんと言葉にする

ちゃんと自分の考えは言葉にしよう。
そう決めました。

我慢するという一見正当に聞こえる理由は、
実は考え抜いて自分の言葉で伝える事をサボっている事だ。

我慢を自分の怠慢の理由にしてはいけないのです。

意見を言えば、責任が生じるし、反論にもあう
ストレスにさらされます。

それでも、言葉にする事が大事なんだと思えてきました。

ちゃんと考えて言葉にする方法

では、ちゃんと考えるとはどういう事でしょう。
自分はこう思うという事を深堀していくことも
大切な、ちゃんと考える事ですが、
なによりも、相手の事を考える事ではないかと思います。

今、目の前の相手は何を考えているのか、どんな景色が見えているのか、
何が不安で、どうしたいと思っているのか。

何故そんなに怒っているのか、何に怯えているのか。

例えば、自分を否定する発言をされた時に、言葉を返す場合、
相手が、どんな思いでその否定語を発したのかを考えてみて、
それが、たんなる感情からか、何かを良くしたいと思ってるのか、
あるいは、私の事を心配して、あえていや事を言ってくれてるのか。

もしくは、その人自身が怖くてしょうがないからか。

その洞察をしたかしないかでおのずと言葉が大きく変わってきます。

洞察しても、解らない時には、聞いてみるといい。
遠回しでも、直球でもかまわないから、その真意をつかむための
質問をしてみるのです。

言葉に魂を宿す

つまり、すぐに反応しない
自分が納得できる反応をするために、その背景を洞察し、
自分の考えを深め、言葉にする。

そんな事を繰り返していると、いつのまにか言葉に重みが
加わってくるのが分かります。

同じ言葉でも、心での響き方が違うのです。
決してカッコイイ言葉とか、名言とかでもないのに、
何故か心に強く響く言葉を言う人と出会う事があります。

気が付いたら、ついついその人の会話に引き込まれていて
発言に納得して、いつのまにかファンになっています。

同時にその人の今までの生きざまが会話に透けて見える気がします。
色んな困難な出来事に遭遇するたびに、深く考えて、
自分なりの答えを出してきた人。

そんな人ではないかと思うのです。

まとめ

我慢することは大事です。
言い訳を言わずに、ぐっとこらえる事も時には必要です。

しかし、黙ってばかりいては、前には進めません。
軽はずみに反応するのではなく、しっかりと周りを見渡して、
自分なりの考えを深めて、あえてモノを言う。

そのことで生じるかもしれない摩擦や反論や責任を
恐れずに、『私はこう思う、こう信じる』を
口に出して言う。

その繰り返しが、私たちの人生をより高みに
連れて行ってくれることになるのではないかと

そう思うのです。