それでもあきらめるな どん底人生

これからの人生を最高にしていくために

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他人から言われた批判の活用法

 他人に言われた一言が、耳から離れない時があります。
お褒めの言葉だったら嬉しいのですが、
批判や中傷、駄目だしなどの批判的な言葉であれば
必要以上に動揺したりしてしまう事があります。

意味が無いことに振り回されている

そもそも、他人に駄目だしをする時ってどんな時でしょう。
何かを相手に伝える以上、本来は何らかの目的があるはずです。

『もっとチームを良くする為に頑張ってもらいたい』
『今、言ってあげる事が将来この人の為になるはずだ』
『こいつ気に食わないからいじめてやろう』

あるいは、目的のない戯言。
何も考えずに口をついて出ただけの言葉
深い意味のない、浮かんだ言葉をそのまま言っただけ。
実は、この目的のない戯言が結構多いのです。

批判を審査する

自分への批判がやってきたら、まずは関所をもうけて
じっくりと審査してみる事です。

はたしてこの批判は
①私の事を思ってくれて言ってくれてる事だろうか。
もし少しでもそう思うのであれば、
しばらく冷静になって考えてみる。
はたしてそれは本当に正しい事だろうか。
正しいのであれば素直に認めて、感謝をあらわし、
この期待に応えるように、成長の糧にしてやればいい。

いやいや、『そんな事はない。私は間違ってない。』
そう思うのであれば、受け入れない。聞き流す事に限る。

②私の事を苛めてやろう、困らせてやろうが目的ならば
そんな相手とは断固戦う。
『あなたに言われる理由はない』と明確に伝える
あるいは、耳を貸さない。受け入れない。

③意味のない戯言
どう考えても深い意味はなさそうだ。
どうやら、あの人の成熟度の問題のようだ。
頭に浮かんだ事をなんの思慮も持たずに、口にしてるだけだ。
そう思えば、これは受け入れるべきでない。無視である。

それでも人間は耳を貸してしまうお人よし

しかしながら、我々は、ついこの批判に必要以上の
反応をしてしまう癖がある。

意味のない言葉なのに、
大切な一日を無駄に使ってしまう事がある。
他に大切な仕事があるにも関わらず、
ついその批判が頭を締めてしまう事がある。
お陰で今日やるべきだった事が疎かになる。
まったくもって無駄であり、損であり、大迷惑である。

誰から言われた言葉かを振り返る

仮にその批判を私に浴びせた人が、
様々な経験をもつ、人格が優れて
多くの人から尊敬を集める人であるなら、
立ち止まってじっくり考えてみるといい。
そんな人の言葉は重い。軽はずみな事は言わない。
何か大切な意味を言葉に込められる人だ。

一方、対人感受性の低い人。
そんな人は結構誰にでも軽口をたたく。
平気で相手の傷口に触れてくる。
悪気が無かったりするから扱いが難しい。
自分でも気がつかないところでやらかしている。
自覚が無い。いや、むしろ
自分は正しい事を言ってやったという自負を持っている。
加えて、理路整然とあたかも事実の事のように話すのが上手い。

だから、なんとなく聞いていると
つい引き込まれそう思いそうになってしまうが真実ではない。

思考の周りにバリアをはる

批判がやってきたら、関所を通らせる。
その時には私の価値感に判断してもらう。
『受け入れるのか、受け入れないのか。』

受け入れた批判は、自分の成長の為の修行に変身させる。
この修行は私が習得するまで繰り返し、毎日、
同じ事を修行していく。これを習慣と呼ぶ。

一方、受け入れられなかった奴らは、
なかなかあきらめが悪い。
追いだしたにもかかわらず、
塀をよじ登って入ってこようとするし、
塀の向こうでもわめき散らす。
だから我々の思考の周りにバリアを張る。 
ちょうど、かつて見たインデペンデンスデイという
宇宙船が張っていたバリアみたいなものだ。

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バリア


地球軍がいくらミサイルを放っても、
このバリアで跳ね返されて宇宙船には届かない。
あのバリアを意識の中で張りめぐらせる。

他愛のない批判はこのバリアに跳ね返されて落ちていく様を
想像するのは映画を見ているようでなかなか面白い。

これはいつの間にか癖になり、習慣になる。
そして、他人から何を言われてもそれ程、
気にならなくなってくる。

慣れるまで多少時間がかかるが、
長い人生、習得するに越したことはない。
練習すれば誰にだって出来るようになる便利な技法だ。

この技法の良いところは、
無駄な事に貴重な時間とエネルギーを
使わなくて済むようになることだ。

その時間とエネルギーを、
自分がどうにかすればよくなる事に使えばそれだけ成長出来て、
おのずと結果も付いてくる。
長い目で見れば人生そのものが豊かになっていく。

まとめ

誰かに言われた一言は、我々を大きく成長するきっかけになれば
大切な人生の貴重な時間を無駄に踏みにじる事も出来る力を持っている。
しかしそれは、私という存在がその一言の意のままに
コントロールされている時のことである。

コントロールするのは、私(あなた)である。
私の人生は、私が決める。そう覚悟を決めたなら、
他人の一言に左右される自分から抜け出し、
その一言を利用する自分が目覚めるのである。