それでもあきらめるな どん底人生

これからの人生を最高にしていくために

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相手を理解するために使うZOOM

職場でも、家庭でも、恋人同士の楽しい時間でさえ、
行き違いが生じたり、もめ事に発展してしまったり、


場合によっては、『絶対に許せない』
『もう二度とあいつとは会わない』
という決めつけが生じてしまうことさえあります。

 

そんな事を、思い出すたびに
怒りが湧いてきて、
心が締めつけられ疲れ果て、

 

気がついたら大切な一日を
棒に振ってしまっていた。

 

そんな事はありませんか?

 

私のケースは
ふとしたメールでのやり取りでした。


一緒に進めていたビジネスの事で、
ある日、何気なく出したメールの返答が

 

少し違ってました。

 

私が『この件、いつものように進めるぞ』と
長々と理由と方法を書いたメールに対する
返答が、

 

ただ一言

 

『必要無い』
とだけ返ってきました。

 

 

『何?それだけ?』『必要に決まってるだろ』
『あいつは、わかってない』
そんな思いが心を支配しているその時、

 

次のメールが来ました。

 

今度は、長々と
『今までのやり方が間違っていた』
『そもそも一緒にやっていく事自体に無理があった』

という内容がつづられていました。

 

最初のメールにもまして怒りがこみ上げてきました。

 

これは俺に対する駄目だしじゃないか。
いったい今までの時間は何だったんだ?
裏切られたということか?

 

次々にネガティブワードが
頭の中に湧いてきます

 

『いったい、あいつどうしちまったんだ?』
『きっと何かあったんだ』
『ここはしっかり話を聞かなきゃ』


そう考える余裕はありませんでした。

  

それからしばらくの間、あれほど毎日何度も
連絡を取り合っていたにも関わらず、


まったく電話もメールも途絶えてしまいました。

 

こちらから連絡することはしない。

いつのまにか、そう決めていました。

 

ところが情けない事に、メールの着信がある度に、
『もしや彼からか?』と期待している自分がいました。

まるで、別れた彼女からの連絡を待ちわびているようでした。

 

そんな自分がいやになり、こちらから
メールをする事にしました。


『あなたの決断は尊重する』
『情報は今後も伝えるので共有してほしい』
『またチャンスがあれば一緒にやろう』

 

それに対して、即座に返信がありました。

『実は、別件で色んな事があった事』
『今のままではお互いに良くないと気が付いた事』
『今までの関係を変えるつもりはない事』

などなど、私が想像していたのとは
大きく違ったものでした。

その時私が考えたのは、
やはり会わなきゃいけない・・・

でした。

メールはとても便利です。
電話と違って、相手を邪魔することなく、
相手の時間を尊重して、
伝えたい事を伝える事が出来ます。

しかし、メールでは
相手の表情が見えません。

 

元気なのか?落ち込んでるのか?
乗り出して来てるのか?
心ここにあらずなのか?

 

人間の顔は心を如実に映す鏡です。


目線や、背筋の伸び具合、手の動き、頷き方
そんなところに明確に表れます。

 

だからこそ、相手の心を
慮(おもんばか)る事が出来る。

『今日はこのくらいでやめとこう』とか
『ここまではっきり言った方がいい』とか
『もっと具体的に説明しなきゃ伝わらないな』とか

 

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ZOOMで会話

それらが目の前にいてくれると
なんとなくわかる気がします。

ところがメールでは
まるで出来ない事に気が付きました。

 

あるいは、食い違いが生じた時でも
顔見て話してると、
色んな記憶がよみがえることがあります。


今はそんな事言ってるけど、
昔こんな事あった。

あの時と真逆の事を言ってる彼だけど、


時代は違うけど、あの時の彼も間違いなく
彼の中にあるはずだ。

だから今の一言で決めつけるのはやめとこう。

 

顔見てると、目線や、表情を見ていると
質問せざる得なくなってきます。


今、目の前にいてくれるからこそ、
空気を伝って伝染してくるものを感じます。 

もっと知りたい欲求が湧いてきます。
知れば知る程、誤解が解けていきます。

 

その知りたい欲求が
メールではなかなか出てこないのです。

 

そして、烙印を押してしまいます。

『あいつは変わった』
『あいつは解ってない』
『あいつとは一緒にやるべきでない』
 

会って顔見て、質問しあい、話し合えば
決して押さなかったであろう烙印です。

 

コロナが収まるまでは、簡単に会うことは
難しいのかもしれません。

しかし、ZOOMなどの
リモートを使う手だってあります。

実際に会うのとは大きな違いがあるかもしれないけれど
少なくとも表情は、伺える。

目を見る事は出来ます。

こんな時便利な世の中だからこそ、

顔を見る大切さを
実感します。