それでもあきらめるな どん底人生

これからの人生を最高にしていくために

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不安に襲われた時の対処法

数年前のどん底な時期の不安

数年前、会社が危機に瀕した時、

毎日が地獄のような日常でした。

 

電話が鳴るたびに、

銀行からか? 仕入先からか?

はたまた弁護士からか?

 

そう、びくついてました。

 

夜、寝付けないベットの中では、

明日起こるかもしれない不安を

何度も考えてました。

 

少し寝入ったと思ったら

何かに追われている夢を見ます。

 

やってもやってもうまく行かないことを

何度も何度もやり直しては

ため息をついている夢です。

 

ふと目が覚めると

真冬だというのにびっしょりと汗をかいてます。



精神がやられていく

そうやって見えない不安を自ら煽って

繰り返し繰り返し考え

どんどん自分を苦しめてました。

 

その結果、数年後に心がおかしくなりました。

 

なんでもないときに、

急に心が締め付けられるような

恐怖感に襲われます。

 

自分ではコントロールできない

心の状況が生まれてしまうのです。

 

それは、あの悪夢のような日々から

4年たった今でも訪れます。

 

どうやら訪れるタイミングに

ルールはないようです。

 

平穏無事に暮らしていようが

厳しい困難に直面しようが

緊張する仕事の直前であろうが

 

それは、何の予兆もなく

突然訪れてきます。

 

こいつが現れると

私の生産性は一気に鈍ります。

 

やる気が失せ、思考は後ろ向きになり

行動が止まり、悪循環の渦に巻き込まれます。

 

たどり着いた対処法

『これではだめだ』

『人生が終わってしまう』

 

そう思って、あらゆることを試してみました。

 

心が元気になる本を読む

マインドフルネスを実践してみる

座禅を組む、瞑想する

酒で気晴らしする

 

しかし、

どれも効果はありませんでした。

 

あることを除いては・・・・

 

それは、筋トレです。

 

筋トレでは、自分の限界ギリギリの

バーベルを上げに行きます。

 

その瞬間は、あれこれ考えてる余裕はない。

全神経を集中させ

”無”の状況に入ることが出来ます。

 

ある日、不安がやってきました。

その日はちょうどジムを予約してました。

 

『今日はやめとこう』

そう思いながら、『決めたことだし行っとくか』

そうやって重い足をジムに運びました。

 

ところが、

終わったときに、あのまとわりついていた

不安がすっかりいなくなっていることに気づき

 

何故だろう?と考えてみた答えは

 

『没頭』です。

あれこれ考える余裕をあえてなくし

何かに没頭する

 

無駄に余裕があるから

不安を何度も反芻してしまう

 

だったらこの余裕をなくしてやればいい。

そう気が付きました。

 

没頭の仕方

しかし、没頭するのは

なかなか難しいものです。

 

つい、別の事に気をとられ

集中できていない。

 

気が付いたらまた、

不安を思い出し、反芻している自分がいます。

 

刻石流水が没頭を生む

私は、あの難局が終わった後、

多くの人に支えられ今を生きています。

 

その方々に『何としても恩を返したい』

そう強く思うようになりました。

 

かつての私は、

あれを成したい

これを獲得したい

といった野心に満ちていました。

 

会社を大きくして見せる

売上を伸ばして見せる

優良企業にして見せる

 

これらは、素晴らしい目標ではあるものの

振り返ってみると、全ては自分の為でした。

 

確かに、やる気のエネルギーには満ちてました

しかしどこかで不安との戦いの日々でもありました

 

それらを失った今

私は『いかに受けた恩を返すか』

を考えます。

 

恥をかこうが、笑われようが

馬鹿にされようが、

あの人の為になるならかまわない

 

そう心の底から思えるとき、

いつのまにか

没頭している自分に気が付きます。

 

迷いは失せ、行動のエネルギーが湧いてきます。

 

もちろん失敗することもありますが、

諦める気持ちは湧いてきません。

 

粘りながら別の方法を考える

以前の野心だけに満ちていた

自分にはなかった感覚かもしれません。

 

長野県の前山寺の石碑にこんなことが書かれています。

『懸けた情けは水に流せ、

受けた恩は石に刻め』

 

いわゆる

『刻石流水』

 

この言葉を思い、行動を起こすとき、

私の中に没頭が生まれ、

不安は去って行ってくれます。

 

これが今の、私の不安の対処法に

なっています。